単声書簡

個人という灯台から

オハヨー「クリームのせ ジャージー牛乳プリン」は何が変わったのか

酒も煙草も一切しない私が好んで食べるもののひとつが、このオハヨーの「クリームのせ ジャージー牛乳プリン」である。

 

この「クリームのせ ジャージー牛乳プリン」、久しぶりに見たらパッケージが変わっているではないか。

f:id:EnakCarsage:20171009001344j:image

右が新パッケージ。

 

まずohayo royal jerseyのロゴが牛から王冠になっている。

royalを強調しているのだろうか。嗚呼、人の権威のために牛は屠られた。なんて言い方をしてはいけない。

 

新しく目につくのは「濃厚UP クリームのせ」のシール。

ということは名称は「ジャージー牛乳プリン」になるのか。元々そうなのか?

そして果たして本当に濃厚UPしているのか...は、これからいただくことにして。

 

f:id:EnakCarsage:20171009002606j:image

 

 成分はほぼ変わってないが、注目はこの表記の変化。

 

旧:  植物性クリーム(植物油脂、乳製品、その他)

新:  乳等を主要原料とする食品

 

 

 

なんだそれ。

このイメージのしようがないざっくりした原材料の正体は何なのか。

カロリーは旧:165kcal、新:162kcalと僅かに下がった。

この 乳等を主要原料とする食品 のせいなのか。

 

 

 

蓋を開けると...。

f:id:EnakCarsage:20171009003455j:image

おわかりいただけるだろうか。

新しい方が、少し黄色がかっている。

(光の加減ではない)

 

 

 

肝心の味。

 

新しい方が、やや塩味が強い。

そしてほんの少し固い。それでも一般的なプリンよりは柔らかい部類に入るのだが、旧「クリームのせ ジャージー牛乳プリン」のあのほぼミルクなミルキーさ、よりはプリン寄りってところか。

 

濃厚UPしているか?

 

変わらない。

そもそも濃厚UPって何なのだろうか。

濃度UPとか厚みUPならまだわかるが、

濃厚な感じが増えたかといわれると、正直変わらない。

 

もう食わねえ!というほどの劣化ではないが、ちょっと食感は落ちたかなという感じ。

まあどうしても我々は慣れた舌ざわりを欲しがる性なので、そこは致し方ない。

 

全国の「クリームのせ ジャージー牛乳プリン」のために、今夜も牧場で眠るオハヨーロイヤルジャージーたちに感謝しながら今後もいただく。美しい星をその目に映し、いい夢を見て生きろよ、牛たち。

 

 

 

 

 

ラシーヌの讃歌 Cantique de Jean Racine

Cantique de Jean Racine


VERBE, égal au Très-Haut, notre unique espérance,
Jour éternel de la terre et des cieux,
De la paisible nuit nous rompons le silence:
Divin Sauveur, jette sur nous les yeux.

Répands sur nous le feu de ta grâce puissante;
Que tout l'enfer fuie au son de ta voix;
Dissipe le sommeil d'une âme languissante,
Qui la conduit à l'oubli de tes lois.

Ô Christ, Sois favorable à ce peuple fidèle,
Pour te bénir maintenant rassemblé;
Reçois les chants qu'il offre à ta gloire immortelle,
Et de tes dons qu'il retourne comblé.


〈訳詩〉

ラシーヌの讃歌


神のみことば あなたはいと高き 私たちの唯一の希望
天に住まう者と地上に生きる者の 永遠のいのち
平和な夜の静寂を 破ろうとする私たちに
救い主よ どうかそのまなざしを向けてください

正義に燃える恩寵の炎が 私たちに注がれ
あなたの声が 煉獄の者たちを解き放ちますように
むなしい魂を 眠りから目覚めさせてください
あなたのお導きを忘れて さまよう者の魂を

おお キリストよ 信じる者に慈しみをお与えください
あなたを讃美するため いま共にお祈りします
お受け取りください 神の不滅の栄光を讃えるこの歌を
あなたが賜る恵みの お返しとなりますように


------------------------------

ジャン・ラシーヌ(Jean Racine, 1639-1699)はフランス古典主義を代表する劇作家。
ラシーヌの讃歌 Cantique de Jean Racine〉は、元々は聖務日課の朝課で用いられるラテン語のお祈りの言葉〈御父の光である方 Consors paterni luminis〉を、このジャン・ラシーヌがフランス語に意訳したものである。

ちなみに拙訳もかなり意訳の箇所があり、例えばverbeは"言葉"だが、Verbeと語頭が大文字になった際は"神のみことば"の意であり、新約聖書ヨハネによる福音書において、言(ことば)が神であり、また命であると証されていることから(「みことばの神性」という言い方がある)、
"jour"で辞書を引いても"いのち"の意味はないのだが、Verbeの持つ意味合いからそのように訳している(よってこの訳だけを参考になさらないでいただきたい)。

ヨハ1:1-4
初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は初めに神と共にあった。すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。


さてこの作品のタイトル、日本語では、ラシーヌ讃歌、ラシーヌの雅歌、等々さまざまに訳されるのだが、
ラシーヌ讃歌」だとラシーヌを讃美した歌ではないので意味が違ってしまうし、
ラシーヌ雅歌」...雅歌というとどうしても、あの旧約聖書のエロ本みたいな(失礼!)箇所を思い出してしまう。


ガブリエル・フォーレ(Gabriel Fauré)が1865年に作曲。
彼が20歳の時の作品だが、のちの〈レクイエム〉にみられる優美さの片鱗が、既に音楽の色ににじみ出ているような。フォーレにとって恩寵 grâceとは、生涯を通して優しい、聖母の腕のような慈しみのことだったのだろうか。


Cantique de Jean Racine - Notre Dame de Paris - 08/02/2015

というわけでNotre Dame(=our lady=聖母マリア)de Parisで、聖体拝領の際に歌われている動画を。
(余談だが「何か音低くね?」と思うのは正解で、オルガンは気温が低いと音が低くなる。2月のようだし、会衆の厚着具合から見るに、聖堂内は寒い)

やはりこの曲はコンサートで歌われることがとても多いのだが、こうしてミサに用いられるとき、このテキストに表される、賜物へのお返しとして捧げる歌、天と地との交わりとしての音楽であると再発見させられる。



Mexico (Luis Mariano)

Mexico

On a chanté les Parisiennes,
Leurs petits nez et leurs chapeaux
On a chanté les Madrilènes
Qui vont aux arènes
Pour le toréro.
On prétend que les Norvégiennes,
Fille du Nord, ont le sang chaud
Et bien que les Américaines
Soient les souveraines
Du Monde Nouveau,
On oublie tout.
Sous le beau ciel de Mexico
On devient fou,
Au son des rythmes tropicaux...
Le seul désir qui vous entraîne
Dès qu'on a quitté le bateau,
C'est de goûter une semaine
L'aventure mexicaine
Au soleil de Mexico...

Mexico, Mexico...
Sous ton soleil qui chante,
Le temps paraît trop court
Pour goûter au bonheur de chaque jour
Mexico, Mexico...
Tes femmes sont ardentes
Et tu seras toujours
Le Paradis des cœurs
Et de l'Amour.

Une aventure mexicaine
Sous le soleil de Mexico,
Ça dure à  peine une semaine,
Mais quelle semaine
Et quel crescendo...
Le premier soir on se promène,
On danse un tendre boléro,
Puis le deuxième on se déchaine,
Plus rien ne vous freine,
On part au galop...
On oublie tout.
Sous le beau ciel de Mexico,
On devient fou,
Au son des rythmes tropicaux...
Si vous avez un jour la veine
De pouvoir prendre le bateau,
Allez goûter une semaine
A l'aventure mexicaine
Au soleil de Mexico... 



〈歌詞和訳〉

メキシコ
 

俺たちは歌う パリジェンヌを
小さい帽子をかぶった小さい鼻の娘たちだと
マドリードの女を
闘牛士を見に
闘技場に行く女のことだと
ノルウェーの女が言うには
北に住む女の子の心は熱い
でもアメリカの女には
敵わないんだって
新世界では
みんなすべてを忘れる
メキシコのキレイな空の下では
誰もが狂っちまうのさ
トロピカルなリズムに乗って
みんなでイカれる
君を連れていくことだけが望みさ
ボートを出て
楽しい1週間の
メキシコへ恋の火遊び
メキシコの太陽の下

 

メキシコ、メキシコ
日差しのなかで歌えば
時はあっという間
毎日が幸せ
メキシコ、メキシコ
君の女もアツくなる
君はいつだって
愛と心の
楽園にいられる


メキシコへ恋の火遊び
メキシコの太陽の下
ほんの1週間だけの
だけどその1週間は
クレッシェンドするもの

初めの夜は
優しいボレロを踊る
そして次からは
止まることのない
ギャロップが始まる
みんなすべてを忘れる
メキシコのキレイな空の下では
誰もが狂っちまうのさ
トロピカルなリズムに乗って
君にその気があって
ボートを漕いでいけるなら
1週間行くといい
メキシコへ恋の火遊び
メキシコの太陽の下


------------------------------

ルイス・マリアーノ(Luis Mariano, 1914-1970)はスペイン・バスク地方の出身でフランスで活躍したオペレッタテノール歌手、シャンソン界のスターである。
〈Mexico メキシコ〉は、〈Le Chanteur de Mexico メキシコの名歌手〉というオペレッタのなかの1曲。
ラテン的な明るいリズムとロマンティックな転調が楽しい。


Luis Mariano "Le chanteur de Mexico" | Archive INA
(一部上記の歌詞と異なる箇所あり)


空は 屋根の向こう Le ciel est, par-dessus le toit

  Le ciel est, par-dessus le toit,
      Si bleu, si calme !
  Un arbre, par-dessus le toit,
      Berce sa palme.

 

  La cloche, dans le ciel qu'on voit,
      Doucement tinte.
  Un oiseau sur l'arbre qu'on voit
      Chante sa plainte.

 

  Mon Dieu, mon Dieu, la vie est là
      Simple et tranquille.
  Cette paisible rumeur-là
      Vient de la ville.

 

  Qu'as-tu fait, ô toi que voilà
      Pleurant sans cesse,
  Dis, qu'as-tu fait, toi que voilà,
      De ta jeunesse ?


〈訳詩〉

  空は  屋根の向こう
      あんなに青く  あんなに静か
  棕櫚の木は  屋根の向こう
      その葉を揺らす

 

  鐘は  空のなか
      やさしく響き
  鳥は  梢のうえ
      嘆きを歌う

 

  神さま  神さま  人生はそこに
      つつましい 静かな人生はそこにある
  あの穏やかな喧騒は
      都会のなかから聞こえてくる

 

  何をしてきた  こんなところで
      お前は絶えず泣きつづけて
  さあ言え  お前は  何をしてきた
      お前の青春は何だったのだ

 

Paul Verlaine  ポール・ヴェルレーヌ

 

------------------------------

恋人ランボーをピストルで撃ち、獄中でカトリックに帰依したヴェルレーヌ
収監中に書かれた詩集〈叡智 Sagesse〉に収められた一篇。

 

棕櫚は牢屋から見えたのだろうか。
キリストの受難直前、人々は棕櫚の葉を振ってエルサレムに入城するキリストを迎えたという。
喜ばしく迎え入れたかと思うと、手のひらを返すように彼を十字架にかけた。
その罪を覚えるという意味で、カトリックには「枝の主日」と呼ばれる記念日がある。
棕櫚の葉は殉教のシンボルである。

 

群衆のなかにこそ孤独があるというが、街のなかにこそ静けさがあるのだろうか。
空や街には自由がある。世の中から隔絶された部屋の小さな窓から、鳥の歌、都会の騒めき、そういった“自由の声”が聞こえてくるのだと思うと哀しい。
ヴェルレーヌは傷つけ傷つき、自分の不幸せな性分を嘆きながら、それでもどこかで人生を愛していたはずだから。


この詩は、フォーレを始め、セヴラック、ブリテンなど様々な作曲家が歌曲にしているが、本ページではレイナルド・アーン(Reynaldo Hahn)の傑作〈牢獄にて D'une prison〉を挙げておく。

 


Jaroussky - D'une prison (Hahn)

長調なのに、むしろ長調だからなおさら哀しいという曲の好例。
アーンはこの曲を17歳で書いているというのだから驚く。鐘の鳴り渡る静かな情景から、mon Dieu,と呼びかける直前の沈黙で、心と鐘の高鳴りがシンクロするところは秀逸。

ロジェ×束芋

2017年7月6日13時、浜離宮朝日ホールにて。

―プログラム―

ドビュッシー
「版画」より
パゴダ
前奏曲集・第1巻」より

野を渡る風
亜麻色の髪の乙女
沈める寺

サティ:
グノシエンヌ 第5番

ラヴェル
「鏡」より
悲しい鳥たち

ドビュッシー
「映像・第2巻」より
そして月は荒れた寺院に落ちる
金色の魚
「ベルガマスク組曲」より
月の光

吉松隆
「プレイアデス舞曲集・第1巻」より
水によせる間奏曲
「プレイアデス舞曲集・第6巻」より
小さな春への前奏曲

サティ:
グノシエンヌ 第2番

吉松隆
「プレイアデス舞曲集・第6巻」より
けだるい夏へのロマンス
「プレイアデス舞曲集・第4巻」より
間奏曲の記憶
「プレイアデス舞曲集・第5巻」より
真夜中のノエル
「プレイアデス舞曲集・第7巻」より
静止した夢のパヴァーヌ

サティ:
ジムノペディ 第1番

ドビュッシー
「版画」より
雨の庭




予定不調和の魅力

 

 

パスカル・ロジェのピアノと、束芋の映像。

重なるように、また擦れ違うように、共に流れ、交差する美。

 

ロジェのピアノは、手堅く隙がない。

凄まじい集中力だった。

彼のピアノには、良い意味で我がなかった。俺はこの解釈を聴衆(社会)に投げかけるんだ!というような類の。ひたすらに作曲家の描いた色を積み重ね、建築するような、匠の響きだった。
すでに何度も日本に来ているロジェ。ドビュッシー「そして月は荒れた寺院に落ちる」では、残響のなかから笙のような音が伸びるように聴こえ、はっとした。
そして絶品の「月の光」。

曲の最後のハーモニーが天の弧さながらに円く響き、消える瞬間まで、味わい深い演奏。
ロジェが日本人ピアニスト、日本人のピアノ学習者に与えた影響は絶大だろう。
彼のピアニズムに似せたようなドビュッシーの演奏を、国内で何度か聴いた覚えがある。

 

一方の束芋のアニメーションには、線の太い生命力があった。

他の作品を見ても思うが、束芋氏の作品は外国人が好みそうなジャポニズムだけではない、また日本人が好きそうな儚げな風景画でもない、一人のアーティストとしての血の濃い個を感じる。

 

音楽を聴いて視覚的なイメージを抱く人にとっては、映像が自分のイメージをさえぎってしまうことがあるだろう。

賛否両論あるとしたら、そこだろうか。

それはある程度予想していたことで、それでもなお自分も目を閉じてしまった曲が幾度かあった。

自分の色聴と、映像の色がまったく違う時。

また、ドビュッシーラヴェルの音楽において水のイメージはつきものだが、映像の方の水の描写がいかにもアニメ的(崖の上のポニョっぽかった)で、自分のものと感覚的に違うなという時など。

 

ドビュッシーが、「前奏曲集」の各タイトルを楽譜の終わりに書いたことはよく知られている。タイトルでイメージを固定させず、受け手に委ねるためだろう。映像があることで、“音楽から委ねられる感覚”が失せたのは残念だった。あの世界は、ふたりのアーティストの、ひとつのイメージの提案だった。

 

それでも雨の庭で「もう森へは行かない」の旋律が出てきた時、

「悲しい鳥たち」の森の映像が再び現れた瞬間には引き込まれた。

プログラムというのは、名曲の断片的な紹介ではなく、繋がったひとつの世界だと感じた。

 

コンサートではなく、インスタレーションでもない、ふたつでひとつの世界観という新しい試みは、聴きたいものを聴きにいく、観たいものを観にいくのとは違う面白味があった。

芸術家は可能性を探しに、聴衆は驚きを見つけに、古きものへの、新しきものへの探求は、今後も続いていくはずだ。

Man of war (Radiohead)

Man of war

 

Drift all you like from ocean to ocean
Search the whole world
But drunken confessions and hijacked affairs
Will just make you more alone


When you come home I’ll bake you a cake
Made of all their eyes
I wish you could see me dressed for the kill

 

You’re my man of war
You’re my man of war
Yeah, the worms will come for you, big boots
Yeah, yeah, yeah

 

So unplug the phones, stop all the taps
It all comes flooding back
To poison clouds and poisoned dwarves

 

You’re my man of war
You’re my man of war
Yeah, the worms will come for you, big boots
Yeah, the worms will come for you, big boots
For you, big boots

 


〈歌詞和訳〉

 

 Man of war

 

海から海へ 漂流するみたいに
世界のすべてを検索すればいい
酔って自白して  乗っ取り事件を起こしても
あなたは孤独になるだけだけど

 

帰ってきたらケーキを焼くわ
あいつらの眼球で作るの
殺戮のために着飾ってるってわかるでしょう

 

あなたは私の戦士
あなたは私の戦士
そう、虫けらどもがやってくる、大きなブーツを履いて
そう、そう、そう

 

だから電話回線を止めて  電源を落として
またあいつらが湧いてくる
毒の雲と 毒されたドワーフ(小人)たちが

 

あなたは私の戦士
あなたは私の戦士
そう、虫けらどもがやってくる、大きなブーツを履いて
そう、虫けらどもがやってくる、大きなブーツを履いて
あなたのために  大きなブーツで

 

------------------------------

Radioheadが新たなPVを発表した。


Radiohead - Man Of War

 

wormsと聞いて思い浮かべるのはコンピュータウイルスのワームだろうか。

おそらくその意味もあり、或いは虫けらのような連中、という意味もあり得る。

drunkenはDriftにかかっているのか、酒に酔っているとも、ネット住民の意見の波に船酔いしているともとれる。その酔いにまかせて暴露(いわゆる“バカッター”的な)をしても、ハイジャックのようなSNSの乗っ取り(いわゆる“今忙しい?”的な)をしても、結局人が離れていくだけだ。

poison cloud and poisoned dwarves

という行は、インターネットのクラウドサービスに冒された人間たちへの揶揄もあるだろう。

 

軍靴の音が聞こえる、という言い回しがあるが、bootsも戦争(war)を想起させる単語である。

この曲は2007年に発表された当時より、 〈Big boots〉という題名で知られていた。

〈Man of war〉という題は、よりダイレクトに、戦争の巻き起こる今日の世相を映している。

Man of warは古語で軍艦を指すため、ocean to oceanとかけて、ネット上の漂流船、といった意味もあるだろう。

現実の戦争と、ネット上で“戦争ごっこ”をしている人たち。しかし後者はただの遊びだろうか。

ネットゲームの戦いもそう。虚構の戦場のはずが、いつの間にか人の心身を蝕んでゆく。

一滴も血を流さず、しかし確実に人を傷つけている戦いが、インターネットの海上で続いている。OK computerが発表されて、10年の歳月を経てもなお。 

 

 

Overnight (Parcels)

Overnight


Go back I want
So bad to hold you back
It’s all offset and on
Foreign be gone
I was there 'cause I won again
The reason for no more over now

The minute I was thinking to hold you back
The moment I was wishing it’s overnight

Slow down, never
I know now, I know better
I need it more than ever
Go back under
Hold down, I found on the track
It’s all offset and I’m over now


The minute I was thinking to hold you back
The moment I was wishing it’s overnight
It’s overnight


〈歌詞和訳〉

オーバーナイト


戻りたい
めちゃくちゃ君を引き止めたい
全部チャラにした
ヨソの国なんてどうでもいい
勝ちたくて俺もそこにいたけど
これがもうおしまいにする理由(わけ)

ほんの一瞬思った 君を引き止めたいって
ほんのしばらく思った 一晩じゅう引き止めたいって

スピードを落とすな 絶対に
俺は知ってる よく知ってる
それが何より俺に要ること
押さえつけることで
うまくやってきたけど
それも全部チャラ 俺は終わりだ

ほんの一瞬思った 君を引き止めたいって
ほんのしばらく思った 一晩じゅう引き止めたいって
そんな一夜


------------------------------
パーセルズ(Parcels)は、オーストラリア出身、ベルリンを拠点に活躍するバンド。

f:id:EnakCarsage:20170623141916j:plain


メンバーは全員19歳という若さ。見た目は70'sっぽくてカッコイイ。
そして音楽も古さがありながら、洗練されているのが特徴。


Parcels ~ Overnight


21日に、新シングル〈Overnight〉をリリースしたパーセルズ。
フランスの大人気エレクトロニクスデュオ、ダフト・パンク(Duft Punk)とのコラボレーションである。
どことなくレトロな感覚と、新しいサウンドの融合が面白い。