単声書簡

個人という灯台から

I promise (Radiohead)

I promise

 

I won't run away no more, I promise
Even when I get bored, I promise
Even when you lock me out, I promise
I say my prayers every night, I promise

I don't wish that I'm spread, I promise
The tantrums and the chilling chats, I promise

Even when the ship is wrecked, I promise
Tie me to the rotten deck, I promise

I won't run away no more, I promise
Even when I get bored, I promise

Even when the ship is wrecked, I promise
Tie me to the rotten deck, I promise

I won't run away no more, I promise

 

〈歌詞和訳〉

I promise

 

僕はもう逃げない   誓うよ
退屈しても   誓うよ
君に締め出されても  誓うよ
毎晩僕のお祈りを唱えるって  誓うよ

拡散したいわけじゃないんだ  誓うよ
イライラしたグダグダなチャットに  誓うよ

その船が海に沈められても  誓うよ
腐ったデッキに縛りつけてくれ  誓うよ

僕はもう逃げない   誓うよ
退屈しても  誓うよ

その船が海に沈められても  誓うよ
腐ったデッキに縛りつけてくれ  誓うよ

僕はもう逃げない   誓うよ

 

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レディオヘッド(Radiohead)が、先ほどyoutubeに新しい動画をアップロードした。


Radiohead - I Promise

 

美しいPVに、自分はなぜか穂村弘の短歌を思い出してしまった。

 

終バスにふたりは眠る紫の〈降ります〉ランプに取り囲まれて

 

色もシチュエーションも全然違うのだが。

 

1997年に発表されたアルバム「OK Computer」。20年の時を経て、今年2017年、「OK Computer OKNOTOK 1997 - 2017」として新たに発売される。

〈I promise〉は、未収録であった3曲のうちの1曲。

私が古い人間だからなのか、1997年の「OK Computer」を聴いても、古い感じがあまりしない。音楽もさることながら、言葉の鋭さは今なお新鮮だ。

昨年2016年に公開された〈Burn the witch〉が、インターネット上の匿名攻撃を歌ったものであることは記憶に新しい。

 

Shoot the messengers

This is a low flying panic attack

 

メッセンジャーに撃ち込む

これが低空飛行奇襲攻撃

 

この〈I promise〉もインターネット上に蝿の群れのように増殖する人々の鬱憤、怒り、攻撃の中毒になっている者への皮肉が見て取れる。

I say “my”prayersは、“自分の”宗教の正しさを主張することを意味するのかもしれない。たとえ締め出し(=SNS上のブロック、凍結)を食らっても、もう飽きていたことだとしても、それをやめることができない。

恐るべきは、Radiohead がこの楽曲を20年前に作っていたということだ。

20年経っても、ネット上のツールが変わっても、我々の心は変わっていないのではないか。

 

世界に叫び続けるRadioheadの、彼らの嘆きが聴こえる。優しいサウンドの奥で。

 

主を迎え、この日を祝え Hail thee, festival day (Pentecost ver.)

Hail thee, festival day (Pestecost ver.)

        Venantius Fortunatus

                 (translated by Maurice F.Bell)


Hail thee, festival day!
blest day to be hallowed forever;
day when the Holy Ghost
shone in the world full of grace.

Bright and in likeness of fire,
on those who await your appearing,
you whom the Lord had foretold
suddenly, swiftly descend

Forth from the Father you come
with sevenfold mystical offering,
pouring on all human souls
infinite riches of God

God the Almighty,the Lord,
the Ruler of earth and the heavens,
guard us from harm without;
cleanse us from evil within

Jesus the health of the world,
enlighten our minds, great Redeemer,
Son of the Father supreme,
only begotten of God

Spirit of life and of power,
now flow in us, fount of our being,
light that enlightens us all,
life that in all may abide

Praise to the giver of good!
O lover and author of concord,
pour out your balm on our days;
order our ways in your peace



〈訳詩〉

主を迎え、この日を祝え

 

主を迎え、この日を祝え
永遠にあがめられ  祝福された日
恵みに満ちたこの世に
聖霊がくだり 輝く日を

炎のようなその輝きは
世に現わされる時を 待ち望んでいた輝き
救い主が予言された聖霊
にわかに 瞬く間に 世に降り立つ

父なる神の御力は
七つの秘跡となって世に降りる
すべての人の魂に注がれる
とこしえなる御神の富が

エスは世界のすべてのいのち
私たちの心を導かれる よき贖い主
いと高きところの神の御子
唯一の  神よりの神

全能の神  救い主
天と地を統べ治める者よ
私たちを敵から守り
悪を浄めたまえ

生命と力の聖霊
このいのちの源から流れめぐる
光は私たちを教え導く
生きる者はすべて 神に守られていると

讃えよ 与えられた神の御恵みを
平和を愛し 平和を作られた者よ
その香油を日ごと私たちに注ぎたまえ
あなたの平和のうちに 私たちを導きたまえ




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ペンテコステ(聖霊降臨日)は、日本ではなじみが薄いが、
キリスト教においては、クリスマスやイースターにならぶ重要な日。
エス=キリストの復活、昇天の後、弟子たちのもとに聖霊が降りてきた日である。

旧約聖書の父なる神(天の神)の時代、新約聖書の子なる神(人間として地上に派遣されたイエス=キリスト)の時代を経て、現在は聖霊なる神の時代とされる。
すなわちペンテコステが迎えられることで、父・子・聖霊の三位一体のサイクルが完成されるのである。

英国の作曲家ヴォーン・ウィリアムズ(Ralph Vaughan Williams, 1872-1958)が、イースターグレゴリオ聖歌をもとに作曲した〈Salve, festa dies〉によるものに、この英語のテキストが用いられている。1、2、3節はイースターアスンシオン(昇天日)、そしてペンテコステで言葉が変わり、今回はペンテコステver.のものである。
“七つの秘跡”とは、主にカトリックでいわれる、可視化され、実感することのできる(神の)恩寵のしるしである。ヴォーン・ウィリアムズ英国国教会(聖公会)は、リタジー(典礼、礼拝の形式)がカトリックに近いので、聖霊が世に降りたことの具体的な恩恵として、テキストに表されているのだろう。
国内においても、日本聖公会聖歌集199番〈ほめ歌え 聖霊は世に降り〉がこの曲にあたり、ペンテコステの聖歌として歌われているようだ。


"Hail thee, festival day" (Pentecost), St. Bartholomew's Church
ニューヨークの教会で、司祭入場時に歌われている。
祭壇の赤いクロス、そして赤い旗を翻していることからも、
この映像がペンテコステの礼拝だとわかる。
教会暦で、ペンテコステのカラーは赤。聖霊の象徴である炎を意味する。



2017年のペンテコステは6月4日。この週末は全世界の教会で、
この聖歌が演奏される事だろう。

アニェス・メロン Agnès Mellon

アニェス・メロン(Agnès Mellon)は古楽復興の草創期、エマ・カークビー(Emma Kirkby)らと共に活躍したソプラノ。

自分の最も好きなフォーレ〈レクイエム〉のピエ・イエズの録音は、このアニェス・メロンによるものである。

 

彼女が来日したコンサートのレビューには、「声量が足りない」という声がよく見られる。来日当時の年齢のこともあるだろう。
同じソプラノでいえば、先日紹介したロベルタ・マメリ(Roberta Mameli)であったり、 

enakcarsage.hatenablog.com

ヌリア・リアル(Nuria Rial)、新星エメケ・バラート(Emőke Baráth)など、強い声を持つ歌手が古楽界に続々と進出しており、彼女たちの声に耳が慣れると、確かにメロンの声は物足りない。
また、大きなコンサートホールで演奏される機会も増え、古楽は繊細な声で歌うものではないという時代の流れは確かに存在する。その流れは、古楽歌唱法、バロック声楽などといわれた“弱い声(というイメージ)”への反発から生まれたのかもしれない。
録音に関していえば、CDプレイヤーで聴くのも、イヤホンを通して聴くのも、我々の聴く音楽は音量のつまみを自由に上げられる。いつの間にか大きな音に、耳の/精神の照準が合ってしまっているのだ。

 


Fauré Pie Jesu Mellon Herreweghe

それでも、いや、私はそんな時代に耳が疲弊しているのかもしれない。楽器と溶け合うメロンの声が好きなのだ。
透明で美しい、清らなる彼女の祈りが。

植物園の象 L'éléphant du Jardin des Plantes

L'éléphant du Jardin des Plantes
                                 Nino(Michel Veber)

Ah! savez-vous pourquoi, ma tante,
L'éléphant du Jardin des Plantes
Traîne son nez d'un air gêné,
Comme s'il était pris en faute?

Cela ne se dit pas, ma tante,
Dans le monde à voix haute.
L'éléphant du Jardin des Plantes
A fait pipi dans sa culôte.

 

〈訳詩〉

 

植物園の象

          ニーノ(ミシェル・ヴェベール)


ねえ!なぜでしょう、おじさん
植物園の象が
もじもじしながら鼻を引きずって
見られちゃまずそうにしてるのは?

言っちゃだめだよ、おじさん
ここで大きい声じゃ言えないんだけど
植物園の象は
パンツにおしっこ  もらしちゃったんだ


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うんこ漢字ドリルが日本で話題になっているが、
子どもの「うんこ」「ちんこ」「おしっこ」好きは、いつの時代もどの国でも変わらないことらしい。
ローゼンタール〈ムッシュー・ブルーの歌 Chansons du Monsieur Bleu〉も、子どものために作られた作品だ。
〈植物園の象〉は、その第4曲にあたる。
ちなみにちんこを象に喩えるのは他の国でも同じらしく(クレヨンしんちゃん発祥ではないらしい)、“zizi éléphant” 等で画像検索するとくだらない写真ばっかり出てくる。

“植物園の象”とは、さしずめ“草むらの立ちション”をシュールにした感じだろうか。残念ながら間に合っていないが。
オチを最終行まで見せないあたり無駄に秀逸である。

www.youtube.com

 

曲はやたら神妙である。
ピアニストのスーザン・マノフにも注目。すごく、象っぽい。

 

フィド、フィド Fido, Fido

Fido, Fido

                   Nino (Michel Veber)

Fido, Fido, le chien Fido
Est un chien vraiment ridicule;
On n'sait jamais s'il est su' l'dos,
Ni s'il avance ou s'il recule.
Il perd son poil et ses babines,
Ses oreill's traînent en lambeaux;
Quand il pleut il met des bottines,
Une casquett' quand il fait beau.

Pour lui donner un coup de fer,
On fait venir le praticien;
Et comme il ne voit plus très clair
On l'a counduit chez l'opticien.
Et lorsqu'il s'en va-t-à la chasse
Il est forcé de mettr' des verres.
Les perdreaux rient, les pies l'agacent,
Et les lapins se roul'nt par terre.

Fido, Fido, le chien Fido
Est un chien vraiment ridicule;
On n'sait jamais s'il est su' l'dos,
Ni s'il avance ou s'il recule.

 

 

〈訳詩〉

 

フィド、フィド
                  ニーノ (ミシェル・ヴェベール)

 

フィド、フィド、犬のフィド
ほんとにおバカなワンちゃんさ
こいつは腹を見せて寝っ転がると
前も後ろもわからない
毛も唇もわからなくなって
ぼろぼろの耳を上げている
雨が降ったら長靴はいて
晴れたらちっちゃい帽子をかぶる

 

そいつの頭を鉄の棒でぶん殴るために
医者を連れてこなきゃいけない
もうロクに見えてないんだから
眼鏡屋も連れてこないと
ハンティングに行くときは
眼鏡をかけさせられる
ウズラに笑われ カササギにいじられ
ウサギはくるくる回ってる

 

フィド、フィド、犬のフィド
ほんとにおバカなワンちゃんさ
こいつは腹を見せて寝っ転がると
前も後ろもわからない



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マニュエル・ローゼンタール(ロザンタルとも、Manuel Rosenthal,1904-2003)の歌曲〈ムッシュー・ブルーの歌 Chansons du Monsieur Bleu〉第3曲。
この“ムッシュー・ブルー”とはローゼンタール自身のことで、明るいブルーのスーツを好んで身に着けていたそう。
ローゼンタールは指揮者として有名だが、レジーヌ・クレスパンからパトリシア・プティボンまで、フランスのさまざまな歌手がリサイタルに取り上げていることから、本国では彼の歌曲もけっこう人気なのではと思われる。この〈フィド、フィド〉のようなコミカルな曲が楽しい。

 

旅へのいざない L'Invitation au voyage

L'Invitation au voyage

                         Charles Baudelaire

Mon enfant, ma soeur,
Songe à la douceur
D'aller là-bas vivre ensemble!
Aimer à loisir,
Aimer et mourir
Au pays qui te ressemble!
Les soleils mouillés
De ces ciels brouillés
Pour mon esprit ont les charmes
Si mystérieux
De tes traîtres yeux,
Brillant à travers leurs larmes.

Là, tout n'est qu'ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 

Des meubles luisants,
Polis par les ans,
Décoreraient notre chambre;
Les plus rares fleurs
Mêlant leurs odeurs
Aux vagues senteurs de l'ambre,
Les riches plafonds,
Les miroirs profonds,
La splendeur orientale,
Tout y parlerait
À l'âme en secret
Sa douce langue natale.

Là, tout n'est qu'ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 

Vois sur ces canaux
Dormir ces vaisseaux
Dont l'humeur est vagabonde;
C'est pour assouvir
Ton moindre désir
Qu'ils viennent du bout du monde.
— Les soleils couchants
Revêtent les champs,
Les canaux, la ville entière,
D'hyacinthe et d'or;
Le monde s'endort
Dans une chaude lumière.

Là, tout n'est qu'ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 

〈訳詩〉

 

旅へのいざない

                    シャルル・ボードレール

愛しい女よ
愉しいことを考えよう
あの向こうで 一緒に生きること
心のままに愛し合い
愛し合って死ぬ
お前に似た あの国で
霧のかすむ空に
濡れた太陽が
この心を夢中にさせる
その神秘
裏切りの宿るお前の瞳が
涙を透かしてきらめくような

ここでは 秩序と美がすべて
豪奢 静寂 そして逸楽


歳月が磨きあげた
つややかな家具は
二人の寝室を飾る
めずらしい花々の
匂いにまじって
龍涎の香りが燻る
贅を尽くした天井
奥行きの深い鏡
オリエントの輝き
すべては語りかける
この魂に そっと
生まれた国の 優しい言葉を

ここでは 秩序と美がすべて
豪奢 静寂 そして逸楽

 

見てごらん 運河の上に
眠るあの舟を
さすらいを夢みて眠る舟は
お前のささやかな
欲望を満たすために
世界の果てからやって来る
  ー沈む夕日の光が
野を 畑を
運河を 都会の隅々を
金色に ヒヤシンスの色に染める
そして世界は眠りにつく
熱い光につつまれながら

ここでは 秩序と美がすべて
豪奢 静寂 そして逸楽


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ボードレールの〈旅へのいざない〉には、シャブリエやロリナ(Maurice Rollinat)などといった作曲家が曲を書いているが、
最もよく知られ、かつ歌曲としての完成度が高いのは、やはりアンリ・デュパルク(Henri Duparc)によるものだろう。
デュパルクは作曲にあたり2節をカットした。2節は理想の国の様子がエキゾチックに描かれている。“あの国”とは、当時ボードレールと恋愛関係にあったマリー・ドーブランと一緒に行くことを夢見ていたオランダのことだといわれている。古くからアジアとの外交があるオランダの、オリエントの香りに思いを馳せていたのだろうか。デュパルクは2節をあえて削ったことで、何処へ向かうのかわからない神秘的な雰囲気を生み出した。

この詩から着想を得た絵画に、マティスの〈豪奢、静寂、逸楽〉がある。
金色とヒヤシンスの色の光に包まれた、官能的な美の理想郷。

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Emmanuel CHABRIER - L'invitation au voyage (Charles Baudelaire) - Bruno LAPLANTE

デュパルクの作品に比べるとあまり演奏されることのないシャブリエの作品。
恋人に語りかけるような熱さと優しさに満ちた曲。


Gérard Souzay, vidéo "Invitation au voyage" 1960's footage.

ジェラール・スゼーによる演奏。
映像が残っているのは貴重では。
無駄な動きがなく、自然に歌っている印象。

 


Camille Maurane: L'Invitation au voyage by Duparc
こちらはカミーユ・モラーヌ。
端正で、言葉のひとつひとつが明晰な演奏は、
フランス語の持つ響き自体の美を味わえる。

 

 



サンドリーヌ・ピオーに10の質問 10 Questions for Soprano Sandrine Piau

2014年のインタビュー記事より
10 Questions for Soprano Sandrine Piau | The Arts Desk

 

(※インタビュー以外の箇所は後日追記します)
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セバスチャン・スコットニー:リハーサルでは、ラモーの曲であなたから大きな力をもらいました。あなたが音楽を自分のものにして、本当に踊っているように見えました。ラモーはあなたにとって特別なものなのですか?

サンドリーヌ・ピオー:歌い手にとって、ラモーは登らなければならない山のようなものです。私たち歌い手はいつも、闘わなければならない。たぶん、私が動いていたのは声のテクニックがついていっていないからでしょう。私はラモーの音楽が大好きですが、歌は(4度の跳躍を歌ってみせながら)器楽的に書かれています。頭ではすばらしいとわかるけれど、身体にとってはつらい。まあ幸せですよ、何年もかけてラモーで声を壊せるっていうなら、あとシャルパンティエクープランでもね!

ヘンデルは?

ヘンデルとなると、とたんにすべてが簡単になります。どんなにラモーが好きな人でも、3曲歌ったら“もういい、おしまい”と言うでしょうね。でもヘンデルだったら12曲でも“よし、もう1回歌おう”となります。ヘンデルはディーヴァやカストラートのための作曲家でした。彼は声を知り、声を愛していた。ヘンデルの歌の特徴を表す言葉に、フランス語の“caresse(愛撫の意)”があります。時々は大変ですが、本当に声のために書かれているのです。
クリストフ・ルセを知ったのは―彼がウィリアム・クリスティ率いるレザール・フロリサンチェンバリストだった時―その時、私は初めてヘンデルに取り組んだのです。 ある評論家は、「ヘンデルで彼女(ピオー)は声楽家としての道/声を見つけた」(フランス語で"Elle a trouvé sa voie/voix".)と言いました。クリストフを通して、私はやっとフランスオペラ(音楽)から逃れられたのです。 ヘンデルモーツァルトは私の声に合っています。フランスの作品を歌うには、中声/低声が必要なのです。ヴェロニク・ジャンスのようなね。ヘンデルなら、私は高い音域とヴォカリーズ(メリスマ)、そして感情を聞かせることができる。〈ジューリオ・チェーザレ〉のクレオパトラは、私にとってベストレパートリーの一つです。フランスオペラを歌うことに、私はヘンデルを歌う時と同じ資質は持っていませんが、よりドラマティックな役がいいですね。単体で歌えば上手くできるんですが―〈レ・パラダン〉の “Je Vole Amour(わたしは飛んでいく、愛よ ※第2幕のアリア)”のような曲なら。

ウィリアム・クリスティは、あなたのキャリアにとって重要な存在ですね。

 

私がクリスティに会ったのは、パリのコンセルヴァトワールにいた時でした。私はハープを勉強していました。作曲家アラン・ルヴィエがコンセルヴァトワールの学長になった時、 私の世界はハープで、たくさんの現代音楽を演奏していました。ウィリアム・クリスティのクラス「古楽声楽曲の解釈 Interprétation de La Musique Vocale Ancienne」を受けた時、初めに彼は、私にこう言ったのです「もし君がハープを後ろに置いていけば(=辞めれば)、君は私の歌い手になれるよ」。その言葉が本当に嫌でしたね。真剣に4年間、ハープを弾いていたのですから。

でも、いつも合唱で歌っていたのですよね?

 

はい、私は10歳から12歳の時まで、フランス・ラジオ放送合唱団「メトリーズ」のメンバーでした。とてもすばらしい体験でした。コンセルヴァトワールにいた頃、フィリップ・ヘレヴェッヘの率いる合唱団で、お小遣い稼ぎに歌っていました―オーケストラにでも入らない限り、ハープで収入を得る方が難しいのです。その合唱も、またそこで人と一緒にいるのも良いものでした。ヘレヴェッヘは2つの合唱団を持っており、ひとつはコレギウム・ヴォカーレ・ゲント、もうひとつはよりモダンのスタイルで演奏するパリのシャペル・ロワイヤルです。私はどちらでもプロジェクトでご一緒しましたが、充実していました。私はヘレヴェッヘとバッハを歌いたいという夢があり、オーディションを受けました。フランスの伝統として、バッハの声楽曲は強い声で歌いません。それは私の求めていたことだったのです。しかし彼は私に「君の声はロマンチック過ぎる」と言いました。なので、私はメゾソプラノとして、ブルックナー、レーガー、メンデルスゾーンを、ヘレヴェッヘのもとで歌っていました。ある日彼は、私が他のどのソプラノ団員よりも高い音域が出ることを発見しました。そこで私はメゾからソプラノに転向したのです。それでもまだ彼とバッハを歌うことはできなかった。私がバッハを歌ったのはその後、ソリストとしてです。

 

ウィリアム・クリスティと凄い口論になったそうですが?

 

それはもう「Ksh!(ガツン!)」(両拳をかち合わせる仕草をして)〈ヴァージニア・ウルフなんか怖くない〉のテイラーとバートンみたいでしたよ。喧嘩になりましたが、私も若かったのです。ザルツブルクで一悶着あり、私はすぐに舞台を降りました。彼はとても(気難しくて、人を馬鹿にする)。でも私も同じことをしてしまった。事実、私はとっても素直な性格なんですよ―優しくしてくれればね。私はどんなこともできます。どんな音楽的な要求にも挑戦しますが、“please  お願いします”が必要なのです。“Thank you  ありがとう”が必要なのです。ときどき、人々はこのことを忘れますね。

そんなこともありましたが、今の彼は魅力的で、現在は良い関係でいます。私たちは7年一緒に仕事をしなかった、10年かもしれない。大きな決裂でした。その後、私はシャトレのプロダクションに従事しました。プロダクションのメンバーに指揮者は誰なのかと尋ねると、ウィリアム・クリスティだと答え、それで問題がないようでした。私はそのメンバーに、もう何年も経ったけど、私たちは大喧嘩しことがあると伝えました。それは“私の”問題でもあるし、“彼の”問題でもある、と言ってね。私が彼を“ビル”と呼べるようになったのは、10年後のことです。クリスティの人柄のことを言いましたが、私は彼とまた仕事ができることをとても幸せに思います。“どうしてそう思うのか”って?彼はすぐに元気になれる人なのです。彼は心の浮き沈みが激しいけれど、それは感情のままに生きているからであって、誰かを恨むこはしない。彼にとって自然なことではないからです。

 

そして、すべてのバロック音楽演奏家と、仕事をされるようになったのですね!

 

20年前は、大家族のようなものでした。ある指揮者の下で歌うとき、ほかの指揮者がそのコンサートにやってきて、“私も君と仕事をしているよ”とだけ言う。一度、クリストフ・ルセと、マレイユの小さな村で、名前を思い出せないのですがものすごい田舎でコンサートをしました。グスタフ・レオンハルトが、そのコンサートを聴くためだけに来てくださったのです。その後、彼のプロジェクトに携わりました。それは大きなオペラや、大きなレーベルとは違う、まさに家族でした。エージェンシーがいなくても、仲間の皆と一緒に仕事ができるようなものでした。

 

もうひとつの活動は、歌曲のリサイタルということですが?

 

スーザン・マノフと2つのレコーディングを終えましたが、彼女とはいつも一緒に仕事をしています。来年には、シューベルトとヴォルフに取り組む予定です。ベルクの〈6つの初期の歌〉を演奏したいという夢が、私たちにあります。私は一度ミュンヘンで、オーケストラ版で演奏しました。音域が低いのですが、ピアノとならば自分の表現したい音楽ができますよ。

私はシェーンベルクとベルクが大好きです。ルルに挑戦したいのですが怖いですね、私は強い声を充分に持っていないので。

 

オペラの役についてですが―今までのレパートリー、演じてみたい役、これからどのようにキャリアを積んでいきたいか教えていただけますか?

 

オペラの役を得ることに関して、私は運が良いのです。自分ができる以上の役柄を求められることはありません。〈放蕩児の遍歴〉(※ストラヴィンスキーのオペラ)のアン・トゥルーラブ以外は。でも誰が依頼するんでしょうね、“comme un vache  牛みたいな(笑)” 英語を話すフランスのバロック音楽の歌い手に?幸運なことに20年以上、私は自分の好きな方々と一緒に仕事をしていて、この役はできる、この役はできない、といったことを選べます。自由に仕事を選び、何をしても幸せなのは贅沢なことです。

次に携わるオペラプロジェクトにはわくわくしています。ブリュッセルのモネ劇場で、〈アルチーナ〉のタイトルロールで出演します。モルガナ役では、オペラ座で出演したことがあります。今回は、クリストフ・ルセ、ピエール・アウディとご一緒します。モネ劇場と館長のピーター・デ・カルウとは、真の信頼関係があります。そこで歌ったのは〈偽の女庭師〉サンドリーナ、〈魔笛〉のパミーナ、私にとって初めてのクレオパトラ、そして初めてのメリザンド…悪夢が起こり、私は公演初日に怪我をしたのです。筋肉が断裂し、退院するまで長い時間がかかりました。

アルチーナ〉の後は、〈真夏の夜の夢〉に出演します。ロベール・カルセンの演出で、エクス=アン=プロヴァンスにて上演します。これは私が人生で観たなかでも、最も美しいオペラプロダクションのひとつです。どれをとっても共感でき、魔法をかけたように魅力的なものです。

 

今はマルセイユの、エクスの近くにお住まいですよね?

 

私の夫がもともとスイス出身で、パリに住みたがらなかったのです。パリから離れる必要があっても、離れるのは大変なことですよ。2時間車を運転しなくてはならないんです…木しか見えないのに。夫はジュネーブ付近の山の中に住んでいました。なので二人で4年間そこに住みましたが、「無理」と言いましたよ、5月に雪が降るんですから。私たち夫婦で幸せになれる住まいを探しました。私は海の近くに住みたいと思っていました。マルセイユにするか?ニースにするか?マルセイユに決めました。今は長く住み続けています。パリへTGVが走っているし、泳げる海があるし、9月でも26度だし…

 

あなたは以前、歌い手にとって健康を保つのは一筋縄ではいかないと仰っていましたね。どうやって体調を整えていますか?

 

私は本当に運が良いのです。自分の知っている何人かの歌い手は、私より料理やお酒(アルコール)に気を遣っています。私は病気にもなりましたが、もともと強いのです。“souplesse  柔軟性”を保たなくては、と思っていますね。子どもの頃、私は自分に適切な体操をしていました。私はアクティブですし、私は水泳をします。そしてご覧の通り、いつも動いているでしょう。

 

食べるお話が出たところで、どの作曲家とディナーに行きたいですか?

 

ヘンデル、そう、ヘンデルとじゃないと。彼は指揮者であり、劇場を持っていて、責務を持っていて、実在した普通の人であると同時に、たくさんのことを成し遂げたすばらしい音楽の天才です。カストラートが仕事の取引で「私にアリアを1曲ください」と主張する。彼はみんなにとって素敵な人で、生涯の終わりまで自分の欲しいものを手に入れ、歌い手のためにすばらしいことをしてくれた。ヘンデルは、私が心から会いたい人です。