単声書簡

個人という灯台から

空は 屋根の向こう Le ciel est, par-dessus le toit

  Le ciel est, par-dessus le toit,
      Si bleu, si calme !
  Un arbre, par-dessus le toit,
      Berce sa palme.

 

  La cloche, dans le ciel qu'on voit,
      Doucement tinte.
  Un oiseau sur l'arbre qu'on voit
      Chante sa plainte.

 

  Mon Dieu, mon Dieu, la vie est là
      Simple et tranquille.
  Cette paisible rumeur-là
      Vient de la ville.

 

  Qu'as-tu fait, ô toi que voilà
      Pleurant sans cesse,
  Dis, qu'as-tu fait, toi que voilà,
      De ta jeunesse ?


〈訳詩〉

  空は  屋根の向こう
      あんなに青く  あんなに静か
  棕櫚の木は  屋根の向こう
      その葉を揺らす

 

  鐘は  空のなか
      やさしく響き
  鳥は  梢のなか
      嘆きを歌う

 

  神さま  神さま  人生はそこに
      つつましい 静かな人生はそこにある
  あの穏やかな喧騒は
      都会のなかから聞こえてくる

 

  何をしてきた  こんなところで
      お前は絶えず泣きつづけて
  さあ言え  お前は  何をしてきた
      お前の青春は何だったのだ

 

Paul Verlanie  ポール・ヴェルレーヌ

 

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恋人ランボーをピストルで撃ち、獄中でカトリックに帰依したヴェルレーヌ
収監中に書かれた詩集〈叡智 Sagesse〉に収められた一篇。

 

棕櫚は牢屋から見えたのだろうか。
キリストの受難直前、人々は棕櫚の葉を振ってエルサレムに入城するキリストを迎えたという。
喜ばしく迎え入れたかと思うと、手のひらを返すように彼を十字架にかけた。
その罪を覚えるという意味で、カトリックには「枝の主日」と呼ばれる記念日がある。
棕櫚の葉は殉教のシンボルである。

 

群衆のなかにこそ孤独があるというが、街のなかにこそ静けさがあるのだろうか。
空や街には自由がある。世の中から隔絶された部屋の小さな窓から、鳥の歌、都会の騒めき、そういった“自由の声”が聞こえてくるのだと思うと哀しい。
ヴェルレーヌは傷つけ傷つき、自分の不幸せな性分を嘆きながら、それでもどこかで人生を愛していたはずだから。


この詩は、フォーレを始め、セヴラック、ブリテンなど様々な作曲家が歌曲にしているが、本ページではレイナルド・アーン(Reynaldo Hahn)の傑作〈牢獄にて D'une prison〉を挙げておく。

 


Jaroussky - D'une prison (Hahn)

長調なのに、むしろ長調だからなおさら哀しいという曲の好例。
アーンはこの曲を17歳で書いているというのだから驚く。鐘の鳴り渡る静かな情景から、mon Dieu,と呼びかける直前の沈黙で、心と鐘の高鳴りがシンクロするところは秀逸。